長江健次さん恩師萩本欽一さんとの30年間絶縁の理由は?イモ欽トリオ出演に名前がない!

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こんにちは(^-^)

「しくじり先生 俺みたいになるな!!」3時間スペシャルに先生として出演の長江健次さんの告白について。

若い皆さんには、誰?という感じかもしれませんが、
私には、懐かしいバラエティ番組から人気者になった長江健次さん。
やっぱりしくじっていたのですね。

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プロフィール

名前:長江健次

生年月日:1964年7月17日

出身地:大阪

身長:170㎝

血液型:O型

特技:スノーボード・ウェイクボード・スキー

 

主な出演作品

テレビ
逆転弁護士ヤブハラ2 ごちそうさん
警視庁捜査一課9係8 水戸黄門
欽ドン!良い子悪い子普通の子

舞台
松竹新喜劇新秋公演

映画
藁の楯

CDシングル
ハイスクールララバイ
恩師・萩本欽一さんと30年もの間絶縁状態で、テレビから姿を消し、萩本欽一さんが総合司会を務めるNHKの大型音楽番組『第48回 思い出のメロディー』(8月27日放送)にイモ欽トリオの出演が発表されたが、そこに長江さんの名前はなく、代わりに演歌歌手の山内惠介が出演することに。

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1981年、フジテレビ系で放送された萩本司会のバラエティー番組『欽ドン!良い子悪い子普通の子』のフツオ役でデビューし、一躍人気者になった長江。ヨシオ役の山口良一、ワルオ役の西山浩司らと番組内ユニット「イモ欽トリオ」を結成し、デビュー曲「ハイスクールララバイ」は100万枚を突破するヒットを記録した。

ところが、ブレークして調子に乗ってしまった長江は、お世話になった欽ちゃんに嘘をついて不義理を働いてしまう。以来、30年間にわたって欽ちゃんと絶縁状態にあったという。ほかにもさまざまな芸能人に不義理を重ねた挙句、居場所を失い、妻子がいるにもかかわらず、仕事ゼロ、収入ゼロになってしまった過去を激白する。

長江が欽ちゃんについたうそとは? 欽ちゃんとの出会い、“普通の子”から“干された子”になるまでを振り返りながら、しくじりを招いた勘違い&不義理しまくりの半生を懺悔(ざんげ)。自らの愚かさに気づいたターニングポイントについても打ち明け、欽ちゃんとの絶縁が解けたときの思いを明かす。

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欽ちゃんについた嘘とは?

長江は81年、お笑いタレント・萩本欽一(75)の人気番組の一つ「欽ドン!」のオーディションに合格し17歳で芸能界デビュー。「天地がひっくり返った感じ。寝て起きたら人気者になっていた」と番組出演で一躍時の人となった当時を振り返った。それでも番組開始1年半後、人気絶頂の中で降板。当時は「大学受験があるので」と学業専念を理由にしていたが、実際は大阪で始まる笑福亭鶴瓶(64)との番組に出演するため。「テレビ局から“欽ちゃんには嘘をついて、受験であることを押し通せ”と言われていた。(欽ちゃんは)感謝しなくてはいけない人だけど、自分で仕事がしたかったから…」と告白した。

結局、降板後は大阪で活動したものの次第に仕事は減少。小さな事務所を転々としながら「路頭に迷って。自分はもう必要ない。死んだ方がええかな」と絶望の日々を送ったこともあったという。それでも、2年前にライブでイモ欽トリオを復活させ「仲間に、そして仲間を作ってくれた欽ちゃんに感謝」としみじみ。最後は「大将(欽ちゃん)とテレビや舞台、どこかでご一緒できれば。“頑張ってるな”って言ってもらえればうれしいし、“顔出そうか”って言ってもらえればもっとうれしい」と恩師への思いを口にした。

 

なんといっても、人気者になったのは欽ちゃんのおかげ、
恩師というより育ての親だと思います。
大学受験を応援していた欽ちゃんを裏切ったことに間違いありません。

大学受験の時期だと18歳ですよね。
若くして人気者になった長江さんに嘘をつかせたテレビ局に責任があるような気がします。

すでに和解はされているそうですが、『第48回 思い出のメロディー』にイモ欽トリオの出演が発表されたが、そこに長江さんの名前はないという事は、「“頑張ってるな”って言ってもらえればうれしいし、“顔出そうか”って言ってもらえればもっとうれしい」というところまでは、まだまだ時間がかかりそうですね。

今回のしくじり先生としての授業が楽しみです(^-^)

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